中尾彬の病気は?元嫁との離婚は池波志乃の略奪愛が原因?

中尾彬と池波志乃の画像病気

俳優の中尾彬(77)と女優の池波志乃(65)夫婦は、1978年3月14日に結婚しています。

 

きっかけは、1977年10月13日から1978年5月11日にかけて放送されたテレビ番組「達磨大助事件帳」の共演でした。

 

2人は交際3カ月というスピード婚だったわけですが、当時は池波志乃の「略奪愛」ともてはやされたそうです。

 

それでも2人は離婚せず、現在もおしどり夫婦として知られています。

 

さらに、中尾彬と池波志乃は、すでに終活準備に取り組んでいるとか。

 

そもそも終活の原因となったのは、中尾彬が2007年に患った病気「急性肺炎」と「横紋筋融解症」。

 

この病気をきっかけに、夫婦は終活をはじめているということです。

 

そこで今回は、中尾彬が元嫁と離婚した原因が、「池波志乃の略奪愛」と言われていることなどについて調査してみました。

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中尾彬の病気

中尾彬は2007年3月、体調不良を訴え、緊急搬送されています。

 

そして、搬送先の病院では、肺炎球菌による病気「急性肺炎」と「横紋筋融解症」と診断された後、ICUで絶対安静を余儀なくされたのです。

 

また、このとき中尾彬は、熱が40度に達し、右肺に肺炎の影が見られた他、体中の筋肉が障害を受ける「横紋筋融解症」。

 

さらに、「急性腎不全」、「強い肝機能障害」、「不整脈」も一気に併発していたといいます。

 

しかも、「助かる可能性は20%」と説明されるなどしたことから、妻の池波志乃は「ショックでした」とその時のことを振り返っています。

 

一方、当の中尾彬は、集中治療室に入ってから数日後、幻覚が見え始め、うつろな目でわけのわからないことを言う始末。

 

これにはさすがに、池波志乃も背筋が凍り、夫の死を覚悟したそうです。

 

しかし、その後、抗生物質の投与や人工透析、血漿けっしょう交換など、あらゆる集中治療が施され、ゆっくりと病気は回復。

 

結局、長期にわたる入院生活を送ることになったのですが、無事退院したのでした。

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池波志乃の病気

終活を始めた理由は、中尾彬が患った病気もあるようですが、池波志乃の病気も関係しているそうです。

 

池波志乃の病気は、「フィッシャー症候群」で、2006年9月、この病気で倒れたのです。

 

「フィッシャー症候群」とは、ギランバレー症候群の一種で「外眼筋」と呼ばれる目の運動を担う筋肉が麻痺する病気。

 

神経系の病気なので、「運動神経や感覚神経に障害が出たりする」と言われています。

 

他にも池波志乃は、「骨髄炎」という虫歯からの細菌があごの骨に入った痛みに、10年間苦しめられています。

 

また、この病気で顔が変形する可能性もあったらしいのですが、あごの骨を切り取り、肩の骨をあごに移植する大手術を経験。

 

お互いが病気をしていることから、池波志乃は「年齢が一回り違うんですけど、順番に倒れるかは分からないので」と、自分がいなくなった後の夫を心配しています。

 

中尾彬も「志乃がいなくなっちゃったら、どうしよう」と“いつかどちらかがいなくなる日”を実感。

 

なので、今のうちから終活を始めているのだそうです。

中尾彬の元嫁と息子

中尾彬は池波志乃と2度目の結婚になります。

 

1度目の結婚は1970年で、相手は女優の茅島成美(77)。

 

2人は1975年に離婚していますが、婚姻中、中尾彬は茅島成美との間に息子を1人授かっているのです。

 

そこで、息子について調べてみると、一時期は俳優として活躍していた中尾学だということがわかりました。

 

しかし、現在では息子の中尾学は芸能活動を引退。

 

すでに、一般人としての生活を送っているようです。

 

(中尾彬の元嫁の茅島成美)
茅島成美の画像
出典元:日本タレント名鑑より

 

一方、元嫁の茅島成美は、中尾彬と離婚後、1990年に会社員の一般男性と再婚しています。

 

茅島成美といえば、若い頃から映画やドラマなどで活躍。

 

中でも「3年B組金八先生」なんかははまり役で、印象に残っている人も多いのではないでしょうか。

 

ただ、最近こそあまりテレビで見かけなくなりましたが、現在も女優を続けています。

中尾彬が元嫁と離婚したのは池波志乃の略奪愛が原因?

中尾彬と池波志乃夫婦には、子供がいないため、誰にも迷惑を掛けずにいなくなるのを理想としています。

 

そんな中尾彬と池波志乃の馴れ初めは、テレビ番組「達磨大助事件帳」での共演でした。

 

さらにもっと深堀していくと、一緒のロケがきっかけとなったようです。

 

当時の状況はというと、中尾彬がロケバスの中で、入手困難だった「越乃寒梅」の話を、池波志乃に持ちかけたのだとか。

 

当時の池波志乃は22歳。

 

若かったものの、酒が好きで毎晩飲んでいたといいます。

 

ただ、一回り年上の中尾彬が偉そうに言うので、「私、毎晩飲んでます」と返してやったのだそうです。

 

ちなみに、池波志乃の家計は、父が10代目金原亭馬生、祖父が5代目古今亭志ん生、叔父が3代目古今亭志ん朝と、落語家一家。

 

そんなこともあってか、池波志乃には芸者の知り合いがたくさんいたそうです。

 

なので、当時入手困難だった越乃寒梅は、知り合いの店に置いてあったので、いつでも飲めたのだとか。

 

その話を中尾彬にすると、「じゃ、今度その店へ一緒に飲みに行こう」ということになって、翌日に待ち合わせ。

 

仲良くなったのは、一緒に飲みに行ったことがきっかけだったということです。

 

そして、その2か月後、2人は結婚。

 

ところが、池波志乃の「略奪愛」と世間からもてはやされたのです。

 

というのも、当時の中尾彬は、日活ニューフェイスの出身で、女性にモテモテ。

 

しかも、中尾彬にとって、池波志乃とは2度目の結婚です。

 

ただ、元嫁の茅島成美とは、1975年に離婚しているため、不倫略奪婚にはなりません。

 

なので、池波志乃の略奪愛が離婚原因というのは、デマということになります。

 

そんなこともあった池波志乃は、「毎晩寒梅を飲んでいたから。寒梅がなかったら、私たちは結婚していなかった。」と当時を振り返っています。

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