YOSHIKIと工藤静香はフライデーが原因で破局?格付けのお菓子は何?

YOSHIKIと工藤静香の画像芸能

X japanのYOSHIKI(53)と工藤静香(49)の交際は、1994年にフライデーが報じたことで発覚しました。

 

ところが、2人にとっての破局理由も、フライデーが原因だったようなのです。

 

フライデーが2人の交際を報じたときの記事によると、工藤静香は的場浩司との破局後に、YOSHIKIと親密な関係になったと書かれています。

 

当時、YOSHIKIはロスを拠点に生活中。

 

そのロスの自宅に工藤静香は、約2か月間入り浸っていたといいます。

 

そしてある日、2人がロスの日本料理屋で行われたパーティに出席したとき、事件が発生。

 

YOSHIKIと工藤静香は、酒を飲んだまま車を運転して、店を後にしたのです。

 

その帰り道、YOSHIKIが捕まったのがきっかけで、同乗者に工藤静香がいたことが判明。

 

その後、この事実が日本のマスコミにばれて、2人の交際が発覚したのです。

 

この件に関してYOSHIKIは、工藤静香との交際を否定しませんでした。

 

そして、工藤静香を待ち構えたフライデーが、成田空港へ帰国した際の写真を記事に掲載したのです。

 

結局、2人の交際はYOSHIKIが捕まったことで発覚。

 

その後も2人の関係は続いていましたが、いつの間にか破局を迎えます。

 

破局理由はYOSHIKIの浮気だったといい、激怒した工藤静香はYOSHIKIと別れてキムタクと交際。

 

そして、工藤静香はキムタクと2000年に結婚し、2人の娘を出産。

 

以来、幸せな結婚生活を送っていましたが、現在はというとSMAP解散騒動の元凶と言われ、波紋を広げています。

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YOSHIKIが彼女の工藤静香と破局した理由はフライデー?

ロスにある日本料理屋で行われたパーティに出席した後、YOSHIKIが捕まったのがきっかけで、2人の交際が発覚しました。

 

その後、YOSHIKIの運転するフェラーリに、工藤静香が同乗していたことがフライデーに伝わり、2人は交際を認めたのです。

 

(成田空港に到着の工藤静香)
工藤静香 成田空港の画像

 

当時、YOSHIKIの彼女だった工藤静香は、恋愛にうつつを抜かして仕事を休みがち。

 

そのため、所属していた事務所「プロダクション尾木」を追い出される形となり、2015年に退社したのです。

 

退社後の工藤静香は、芸能活動を続けるために、個人事務所設立を余儀無くされることになります。

 

その社名を決めるのに、彼氏のYOSHIKIからアドバイスを受けたということです。

 

工藤静香の事務所には、YOSHIKIが好きな赤色から「レッドゾーン」、工藤の好きな青色から「ブルーゾーン」が社名の候補に挙がったのだとか。

 

悩んだ結果、2色を混ぜたら紫色になることから「パープルにする?」となって、現在の事務所「Purple Inc.」が誕生したそうです。

 

そしてその後も交際は順調に進み、結婚は秒読みかと思わていたのですが、突然、2人の別れが訪れます。

 

1996年1月、工藤静香が、「彼とはもう会っていない」と突然の破局宣言をしたのです。

 

破局理由は、数カ月前にフライデーが報じた記事だったとか。

 

フライデーがYOSHIKIに別の外国人女性の彼女がいることを報じたことで、工藤静香が激怒。

 

YOSHIKIは工藤静香に浮気がバレてしまったのです。

 

結局、2人の破局理由は、YOSHIKIの浮気が原因ではないかと言われていますが、真偽のほどは定かでないようです。

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YOSHIKIの父親が亡くなった原因は?

YOSHIKIの出身は千葉県館山市。

 

呉服屋の長男として誕生し、元俳優の林光樹は弟にあたります。

 

余談ですが、工藤静香はYOSHIKIと破局後にキムタクと結婚して、2人の娘を産んでいますが、次女にはYOSHIKIの弟と同じ名前を付けています。

 

長女の心美はキムタクが付け、次女には自分が付けると言って光希という名前を付けたそう。

 

漢字こそ違いますが、読み方は同じ”ミツキ”。

 

果たして偶然だったのでしょうか?

 

話は戻り、YOSHIKIは裕福な家庭環境で育っていますが、幼少期は体が弱く、小児喘息を患い入退院を繰り返していたといいます。

 

4歳でピアノを始めたYOSHIKIは、両親から愛情を一身に注がれ、過保護に育てられたとか。

 

そのころの父親はよくジャズピアノを弾いていたといい、YOSHIKIは父親が買ってくれるクラシックレコードで、音楽への興味を広げたといいます。

 

また、父親はYOSHIKIの誕生日には毎年、楽器を贈っていたそうです。

 

ところが、好きだった父親が76年8月、34歳という若さで死去。

 

YOSHIKIが10歳の時、突然帰らぬ人となってしまったのです。

 

原因はいまだ分からないそうですが、父親は自ら命を絶ったといいます。

 

また、父親が亡くなった原因と関係しているのかは不明ですが、YOSHIKIは「悲しみでひたすら泣きわめいているだけだった」とその当時を振り返っています。

 

その後、自身も自暴自棄になってしまう時期に支えとなったのが、父親が教えてくれた音楽でした。

 

そして、1993年に生まれたX japanの代表曲「Tears」は、いまだ亡くなった原因の分からない「父親との思い出を形にした曲だった」と語っているのです。

YOSHIKIが格付けで食べていたお菓子

一時期、バラエティー番組からYOSHIKIに、出演のオファーが殺到していました。

 

きっかけは2017年12月に出演した「しゃべくり007」。

 

このときの視聴率が21.6%を記録したことで、他局も出演依頼をしていたようです。

 

そして、話題になったのが、元日に放送された「芸能人格付けチェック」でYOSHIKIが食べていたお菓子です。

 

YOSHIKIはGACKTとペアを組んで番組に登場。

 

「ワイン問題」や「バイオリンとチェロの三重奏」など、出題された問題を見事正解させますが、YOSHIKIは待っている間に部屋でボリボリとお菓子を食べていたのです。

 

すると放送中、「YOSHIKIが食べているのはどこのお菓子だ?」「YOSHIKIが食べているのは何のお菓子でメーカーは?」とネット上で話題に。

 

商品名が「銀座あけぼの」のチーズおかきと特定されるやいなや、売り切れ続出。

 

「銀座あけぼの」の公式ホームページのサーバーが落ちてしまうほどの騒ぎになったのでした。

 

結局、YOSHIKIがあれほどお菓子を食べ続けていた理由は、お腹が空いていたからだったとか。

 

収録日が本人の誕生日で、当日にLAから着いたばかりで、ほとんど何も食べていなかったそうです。

 

ちなみに、その回の格付けでGACKTは、55連勝の個人記録を更新。
格付けは2分の1の確率で正解するわけですが、二者択一を50回偶然に当てる確率は1100兆分の1だそうです。

 

世間からはあまりにも連勝しすぎて「事前に情報を知っているのだろう」と、疑いがもたれているようですが、ほんとうにGACKTはやらせなしで正解しているのでしょうか。

 

テレビ関係者によると、あらかじめ誰が勝つのかシナリオができているといいます。

 

といっても、直接答えを教えるようなやらせではなく、問題の傾向を教えているのだとか。

 

例えば次は「盆栽の問題」が出るとか、「ワインの問題」が出るといった感じだといいます。

 

当然、制作サイドはやらせについて「そのような事実はなく、出演者には真剣に臨んでもらっています」と否定しています。

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