金正男の暗殺理由と場所は?兄弟で次男の金正哲の現在は?

金正男の画像事件

北朝鮮の故・金正日(キム・ジョンイル)総書記の長男・金正男(キム・ジョンナム)氏(当時45)が、マレーシア・クアラルンプール空港で暗殺された事件は、2人の女が逮捕されました。

 

実行犯の女は、インドネシア国籍のシティ・アイシャ(当時25)と、ベトナム国籍のドアン・ティ・フオン(当時28)。

 

2人は、マレーシアに旅行に来ていたところ、空港で男4人に「乗客にいたずらしよう」と持ちかけられ、手に塗った液体を金正男氏の顔に塗りつけたのです。

 

当日の金正男氏は、マレーシア・クアラルンプール市内に持っていた高級マンションに滞在。

 

そして、息子の金ハンソル氏ら家族が待つ、中国・マカオに向かう便に乗り込む直前、殺害されたのです。

 

なお、金正男氏がマレーシアに訪れたのは、ビジネス目的、または、経済的に援助している人に会うためだったと言われています。

 

それなのに、なぜマレーシアで襲われたのか。

 

その理由は、北朝鮮とマレーシアは相互ノービザで入国可能なため、北朝鮮の工作員が自由に入出国できたからです。

 

そこで今回は、金正男氏の暗殺理由や、襲われた場所。

 

家族や兄弟などについてまとめてみました。

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金正男の暗殺理由と場所は?

暗殺事件があった当時の空港ターミナルは、「イスラム国(IS)」などによるテロ対策のため、警備体制を強化していました。

 

白昼堂々と、海外重要人物の金正男が襲われたわけですが、暗殺理由は一体何だったのか?

 

そして、なぜ人が多く行き交う空港で暗殺されたのか?

 

暗殺理由については、金正男氏は日本のメディアなどで3代世襲を批判。

 

さらに、北朝鮮の改革・開放を支持していたとされ、金正恩体制の発足後は北朝鮮から遠ざかっていました。

 

しかし、金正恩氏にとっては、異母兄の金正男氏の存在は目障り。

 

自身の偶像化の障害となる兄の暗殺を指示し、常に命を狙っていたのです。

 

ところが、生前の金正男氏は、中国当局が保護していると言われていたため、自分の権力の座を脅かす可能性がある、と常に考えていたようです。

 

北朝鮮は金正恩体制が発足した2011年から暗殺計画を進めていましたが、2度の未遂に。

 

いずれも中国警察が防いだ形だったのですが、その後、金正男氏は金正恩委員長に手紙で、「私と家族を助けてください」と訴えたということです。

 

その後の金正男氏は、シンガポールを離れても安全だと判断。

 

その際、マレーシアに滞在していたのでした。

 

そして、3度目の暗殺計画が行われたわけですが、なぜ、暗殺場所がクアラルンプール空港だったのか。

 

理由は、北朝鮮の対韓国工作を統括する偵察局のサイバー部隊が、マレーシアに設置されているので、暗殺するには最適の場所だったのです。

 

ちなみに、金正男氏が実行犯の女に猛毒のVXガスを吸わされたのは、コーヒー・ショップ「スタバ」の前でした。

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金正男の家族

金正男氏の家族は、北京に住んでいた本妻と息子。

 

それ以外にも、別の女性との間にもうけた息子の金・ハンソル氏と、娘がマカオに住んでいたのです。

 

そして、金正男氏暗殺後、マレーシア警察当局が遺体の身元確認と、引き渡しを家族に呼びかけるも、何の反応もなし。

 

ところが、その後、息子の金・ハンソル氏と見られる男のメッセージ動画が、突然YouTubeにアップされ、波紋を呼んだのです。

 

金・ハンソルの画像

 

男は動画で、自分は金正男の息子ハンソルだと名乗り、「私の父は数日前に殺害された」、「今は母、妹と一緒にいる」と英語で述べるも、本物かどうか確認されず。

 

結局、本人と断定されたため、家族共々保護されたのでした。

 

その後、家族は北朝鮮の体制に抵抗する秘密組織「自由朝鮮」の助けを受けて、別の国に向かう予定でしたが、台湾の空港でCIAが介入し、米国に行き先を変更。

 

現在の居場所は、1998年に米国に亡命した金正恩氏の叔母に当たるコ・ヨンスク氏が住む、ニューヨーク州の自宅近くでFBI保護の下で暮らしているそうです。

金正男の兄弟で次男の金正哲の現在

故・金正日総書記の子供は、長女・金雪松(ソルソン)、長男・金正男(ジョンナム)、次男・金正哲(ジョンチョル)、三男・金正恩(ジョンウン)、次女・金与正(ヨジョン)の5人。

 

兄弟の中でも三男の金正恩氏と、次女の金与正氏は政治に関心が強いようです。

 

あまり政治に関心のない次男・金正哲氏は、1993~98年にスイスのベルン国際学校に留学。

 

勉強に専念せず、留学途中に帰国した兄の金正男とは違い、学業を全うしたといいます。

 

2001~06年には、金日成(イルソン)軍事総合大学の特設クラスで軍事学を学び、2007年には軍事学を修め、金正日の軍視察に同行していたと報じられていました。

 

その後、2011年12月17日、金正日総書記の死去後、三男である金正恩氏が後継者として発表されると、次男・金正哲氏の動向がしばらく確認されなかったのです。

 

ところが2013年4月、北朝鮮最高幹部らの子弟によるグループ「烽火組(ポンファ組)」のトップに、金正哲が就任したとの報道が。

 

2013年の11月から12月にかけて、張成沢氏と側近が粛清された際には、金正哲氏の主導説が朝鮮日報にて報じられたのです。

 

元駐英北朝鮮公使の太永浩氏は、2017年1月25日の記者会見の中で、金正哲氏の現在について、「政治に関心がなく、役職もない。音楽に関心があり、有能なギタリストだ」と語っています。

金正男はいい人で日本好き?

金正男氏は、2001年の偽造パスポート事件以降、マカオや中国などで生活。

 

日本文化にも関心があったとされ、親しみやすい風貌に「実はいい人なのでは?」「悪人に見えない」「唯一まともな感じがする」などと、ネット上では以外な人気を誇っていました。

 

金正男氏は、90年代後半から2000年代初めまでは、北朝鮮の権力の後継者と目されていましたが、2001年に偽造パスポートで日本に入国しようとして強制退去。

 

これが金総書記の怒りを買い、後継レースから脱落した原因でした。

 

その後は、北朝鮮から遠ざかり、中国や東南アジアなどを転々。

 

2004年には、中国の北京国際空港で、身分も隠さず日本人記者団の質問に答えるなど、フランクな人柄をのぞかせたのです。

 

それに、日本が好きなのか、強制退去される前にも複数回、東京を訪れて新橋など、都心のホテルを拠点に観光などをしていたといいます。

 

しかもアニメやゲームのオタク。

 

これまで日本人が持っていた北朝鮮の指導者層のイメージとまったく異なるとし、人気があったのです。

 

さらに、金正男氏の人気の秘密は他にもあって、「フェイスブック」を開設していたことも、要因の1つに挙げられています。

 

すでにページは削除されていますが、金正男氏は、息子のキム・ハンソル氏とみられる少年と「友人」登録し、「おまえ、太っているな」などとやり取り。

 

また、故・金正日総書記の後継者である、弟の金正恩氏を風刺した画像を「お気に入り」 に登録していたといいます。

 

これを見たネッユーザーから「友達になりたい!」、「正男が後継者ならいいのに!」、「まともでいい人そう!」などといった、好意的な書き込みが多数寄せられたのです。

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