デヴィ夫人の元彼は津川雅彦で若い頃の男性遍歴がやばい!

デヴィ夫人の画像芸能

タレントのデヴィ夫人(80)が若い頃に俳優Tと不倫関係にあったことは有名です。

 

元彼の俳優Tとは、故・津川雅彦さん(78歳没)のことで、1969年に交際していました。

 

当時のデヴィ夫人は、インドネシアのスカルノ元大統領夫人として、津川雅彦さんと関係を持っていたのです。

 

そんなデヴィ夫人の若い頃といえば、美貌と品のある振る舞いで、いろんな男性を魅了してきたといいます。

 

津川雅彦さん以外の男性遍歴には、恋人と噂になっただけでも俳優のアラン・ドロンや、俳優の本郷功次郎氏など、そうそうたるビックネームが名を連ねているのです。

 

また、過去のスキャンダルについて、デヴィ夫人は自身初の自伝『デヴィ・スカルノ回想記 栄光、無念、悔恨』でも語っていますね。

 

自伝には、元彼のことや、戦争体験や貧しい家庭からインドネシアの大統領夫人になったこと。

 

そして、「パリへの亡命」などの壮絶な人生も同時に振り返っています。

 

そこで今回は、デヴィ夫人が若い頃に交際していた彼氏についてまとめてみました。

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デヴィ夫人の元彼は津川雅彦

デヴィ夫人の元彼で有名なのは、 2018年8月4日に心不全のため、78歳で亡くなった俳優の津川雅彦さんです。

 

デヴィ夫人の本名は、インドネシア名=ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ。

 

見た目はハーフっぽい顔ですが、根っからの日本人で、本名は根本七保子という名前です。

 

一方、元彼の津川雅彦さんですが、デヴィ夫人と交際していたころは独身。

 

人気俳優ということもあり、2人の関係は一筋縄ではいかなかったといいます。

 

それでも2人の関係に時間はかからなかったとか。

 

しばらくして、その噂はマスコミに漏れ、大スキャンダルに発展。

 

というのも、当時のデヴィ夫人は、スカルノ元大統領夫人だったのです。

 

そして、デヴィ夫人と津川雅彦さんは、週刊誌に追いかけられるようになり、安住の地を求めてスイス・ジュネーブへと逃避行します。

 

しかし、マスコミも負けじと、担当者がスイスへ乗り込み、デヴィ夫人を張り込んだのでした。

 

しかも、デヴィ夫人の住む家の近くにコンドミニアムを借り、大胆な取材に打って出たのです。

 

マスコミは毎週のように、2人の「逃げられない不倫関係」を現地報告していたそうです。

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デヴィ夫人が津川雅彦さんと出会うまで

1940年2月、東京都港区にて生まれたデヴィ夫人は、けっして裕福な家庭に育ったわけではありませんでした。

 

父親はバツイチで目の悪い大工。

 

後妻の母は、デヴィ夫人と弟を出産後、内職で家計を支えていたといいます。

 

若い頃から美貌の持ち主だったデヴィ夫人は、中学時代に「将来女優か画家になりたい」という夢を抱いていたのだとか。

 

なので中学卒業後は、高校へ進学せずに15歳で就職の道を選択。

 

生命保険会社で事務仕事をしながら、夜間定時制高校に通いはじめたといいます。

 

そして、夏休みは夜に喫茶店でアルバイトをし、同時に芸能プロダクションに所属して女優業も開始。

 

さらに、友人たちと銀座のバーや赤坂のナイトクラブへ行き、青春をエンジョイしまくっていたそうです。

 

その後、突然父親を亡くすことになったデヴィ夫人は、「脚の悪い母と病弱な2歳下の弟を養うのは自分だ」と覚悟を決め、一流ナイトクラブで働くことに。

 

夜に働くことにした理由は、ナイトクラブの女性たちが桁違いの収入を得ているのを目にしたからで、自分にもできると思ったからでした。

 

そして、若い頃はその美貌で銀座の高級クラブでナンバー1になり、デヴィ夫人目当てで世界のVIPが来店。

 

しかも歌が上手く、 VIPを接待する際にはデヴィ夫人に歌を歌わせていたといいます。

 

(デヴィ夫人の若い頃)
デヴィ夫人の若い頃の画像

 

その後、デヴィ夫人は19歳のときに、インドネシアへの開発援助に伴い「東日貿易の秘書」という名目で、スカルノ大統領のもとに送り込まれたのです。

 

すると大統領に寵愛され、デヴィ夫人は若干19歳の1962年、大統領夫人になります。

 

ところが、長女が誕生するも、1965年にスカルノ元大統領が失脚。

 

幸せな生活が途絶えたデヴィ夫人は、籍が入ったまま長女を連れてパリに亡命したのです。

 

しかし、パリに亡命したものの、結局、なかなかインドネシアに帰れない日々が続きます。

 

そして数年後、娘とともに日本へ里帰りすることとなります。

 

そのときにデヴィ夫人は、俳優・津川雅彦さんと出会うのでした。

デヴィ夫人の若い頃の男性遍歴がやばい!

デヴィ夫人と津川雅彦さんの恋人関係は、1969年から始まったものの、半年と短い期間だったようです。

 

破局理由は不明ですが、2人の交際は真剣だったらしく、このスキャンダルで津川雅彦さんの仕事は激減したそうです。

 

そんな経緯もありつつ、デヴィ夫人の若い頃は、津川雅彦さん以外にも彼氏として、大物俳優との噂がありました。

 

若い頃のデヴィ夫人は、勝新太郎氏や松方弘樹氏、作家の笹沢佐保氏などとも恋人関係があった事を暴露しています。

 

そうそうたる大物たちと関係を持つようになった理由はというと、スカルノ元大統領の浮気が原因だったといいます。

 

他にも俳優のアラン・ドロンや、本郷功次郎氏などの大物俳優とも噂があったのです。

 

※デヴィ夫人の若い頃の男性遍歴

(津川雅彦)
津川雅彦の画像

(アラン・ドロン)
アランドロンの画像

(本郷功次郎)
本郷功次郎の画像

(勝新太郎)
勝新太郎の画像

(笹沢佐保)
笹沢佐保の画像

(松方弘樹)
松方弘樹の画像

 

また、話は変わるのですが、デヴィ夫人は1992年にアメリカコロラド州で、セルヒオ・オスメニャ第4代フィリピン大統領の孫娘「ミニー・オスメニャ」の顔をひっぱたき、けがを負わせて連行されたことがあります。

 

そして、その後も訴えたり、訴えられたりと世間を何かと騒がせています。

 

大物彼氏との男性遍歴のことにしても、若い頃から世間を騒がせてきたことになります。

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