石原裕次郎に子供がいない理由!死因と松田聖子の関係は?

石原裕次郎と妻のマキ子の画像病気

国民的スター石原裕次郎さんが他界したのは、1987年7月17日(享年52歳)。

 

死因は肝癌によるものでした。

 

その約2年後に、今度は同じ52歳で美空ひばりさんが、肺炎の症状が悪化して死去。

 

昭和のスターが立て続けに亡くなる惨事に世間は喪失感を抱えたのです。

 

2016年は、美空ひばりさんがデビュー70周年、石原裕次郎さんがデビュー60周年の節目の年。

 

亡くなって随分と年月は経ちますが、いまだ2人は伝説として語り続けられています。

 

そんな2大スターに共通するのは子供がいないこと。

 

美空ひばりさんには、息子の加藤和也氏がいるのですが、実弟の子を養子縁組にしただけ。

 

石原裕次郎さんは息子どころか、養子もとっていないのです。

 

美空ひばりさんの場合は、小林旭との結婚が短かかっただけに実子がいないのは分かりますが、石原裕次郎さんになぜ子供がいなかったのでしょうか?

 

妻のまき子さんとの結婚生活は長かったのですが、子宝に恵まれませんでした。

 

やはり噂されていた病気が原因だったのでしょうか。

 

そこで今回は、石原裕次郎さんに子供がいない理由や、死因が肝癌と言われていること、松田聖子との関係について迫ってみたいと思います。

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石原裕次郎に子供がいない理由は病気に関係あり?

石原裕次郎さんが梅毒だったという噂は、かねがね聞いていましたが、本当だったのでしょうか。

 

病気は生涯愛してやまなかったハワイで感染したとの噂や、銀座で豪遊していたときに感染したなど、様々なことが言われています。

 

また、妻・まき子さんと子供を作らなかったのも、病気のことが理由だったとか。

 

他にも子供がいないのは、スキーの事故で右足を複雑骨折し、放射能治療したのが原因説。

 

おたふく風邪にかかってしまったのが原因説。

 

もともとタネがない説など、色々と噂されているようです。

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石原裕次郎と松田聖子の関係

石原裕次郎さんと歌手・松田聖子の関係にも噂があるようです。

 

かつて、松田聖子が愛人だったころがあり、娘の「神田沙也加」は実は石原裕次郎さんの子供だったとの噂まであるほどです。

 

石原裕次郎さんは、よそにも愛人がいて、松田聖子を側に置いておくために石原軍団の神田正輝と結婚させたと、当時は噂されました。

 

結局、全部が噂なのか、一部は本当のことなのかは謎に包まれていますが、週刊誌等は石原裕次郎さんと松田聖子の関係を知っていても、書けないと嘆いていたそうです。

石原裕次郎の本当の死因は?

石原裕次郎さんは生涯いくつもの大病を患い、1987年7月17日、肝癌により他界。

 

正確な死因は「食道静脈瘤」だったそうです。

 

結局、肝癌になって食道の静脈が破裂し、出血死したとされているのですが、そもそも肝癌になった理由は酒が原因とされいます。

 

酒が原因で肝硬変などになり、それを放置しておくと肝癌になるといいます。

 

石原裕次郎さんは、幼少時代から肝臓が悪かったと言われていて、1971年にはキャンペーン先の秋田で倒れたことがありました。

 

そのときは、肺結核と診断され、1978年には舌癌に。

 

その後も死に至るまで壮絶な闘いは続き、1981年に大動脈瘤と診断されたのです。

 

その際、生還率3パーセントと言われましたが、手術後、奇跡的な回復を遂げ無事退院。

 

慶應義塾大学病院の屋上で手を振る光景は有名で、幾度となくテレビで流されました。

 

そして1984年、ついに肝癌が発覚。

 

原因不明の高熱と、激しい腰痛が続いていたため、念のためにと慶応病院で検査したところ、肝癌が発覚したのです。

 

兄の石原慎太郎氏は、肝癌が発見されたとき、まき子夫人に告知するべきだと言ったそうですが、まき子夫人はそれを拒否。

 

このとき、石原裕次郎さんは自分が癌だと知らなかったといいます。

 

そして、1987年7月17日に肝癌で他界してしまうのですが、死因については噂されていることがあります。

 

本当の死因は「梅毒性大動脈炎」ではないかという説です。

 

この「梅毒性大動脈炎」は、梅毒を放っておくと大動脈の中膜を侵し、弾性線維の断裂を引起し、これに血行力学的な負荷が加わると大動脈瘤へと進展するのだそう。

 

噂が噂を呼んでしまっていますが、本当のところは謎のままです。

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