沖縄トリカブト保険金殺人事件 神谷力の妻や生い立ち 父親を調査

トリカブト保険金殺人事件 神谷力の画像事件

沖縄トリカブト保険金殺人事件は、1986年(昭和61年)5月20日に起こった事件です。

 

犯人は当時、沖縄へ旅行に来ていた神谷力(かみやちから)で、被害者は池袋のクラブで働いていた妻の利佐子さん(当時33歳)。

 

夫の神谷力は、トリカブトに含まれる毒成分「アコニチン」を妻の利佐子さんに飲ませて死亡させ、かけていた多額の保険金をだまし取ろうとしたのです。

 

しかも、神谷力は利佐子さんと3度目の結婚で、これまで入籍した妻が、いずれも不審な死を遂げていたことが発覚。

 

1人目と2人目の妻も、同じ手口による「トリカブトの毒」で死亡させられた可能性が大きかったものの、結局、立件できたのは3人目の妻・利佐子さんだけでした。

 

そして、この「沖縄トリカブト保険金殺人事件」で逮捕された神谷力は、冤罪を訴えるも無期懲役が確定。

 

その後の神谷力はというと、服役後の2012年(平成24年)11月に病死したため、現在は生きていません。73歳没

 

そこで今回は、「沖縄トリカブト保険金殺人事件」の犯人・神谷力の生い立ちや父親、母親。

 

妻を死亡させるために使ったトリックなどについて、まとめてみました。

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沖縄トリカブト保険金殺人事件 神谷力の妻の死因

神谷力と妻の利佐子さんは、「沖縄トリカブト保険金殺人事件」が起きる前日の1986年(昭和61年)5月19日、沖縄旅行のため那覇に宿泊していました。

 

そして、翌日の20日になり、事件が起きたのです。

 

この日は、利佐子さんがホステス時代の女友達3人と神谷夫妻で、沖縄・石垣島に行く予定になっていました。

 

ところが、夫の神谷力は、「急に仕事ができた」と理由をつけ、午後の便で大阪に帰ると言い出したのです。

 

仕方がないので、妻・利佐子さんは、神谷力を残して女友達3人と石垣島に行くことに。

 

その後、神谷力と別れた利佐子さんと女友達は、無事石垣島に到着し、ホテルにチェックインします。

 

しかし、13時30分頃、妻・利佐子さんの体調に異変が生じ始めるのでした。

 

これまで何もなかった利佐子さんが、急に吐き気やめまいを訴え、苦しみだしたのです。

 

その後、利佐子さんは、搬送されることになるのですが、15時4分に担ぎ込まれた八重山病院で死亡。

 

この死を不審に思った八重山病院の医師が、警察に通報したのです。

 

そして、解剖をすることになるのですが、結果的にはほとんど異常はみつかりませんでした。

 

よって、検案書に書かれた死因は「急性心筋梗塞」。

 

しかし、この診断は死に至った状況を説明するには不十分だったのです。

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神谷力の1人目の妻

「沖縄トリカブト保険金殺人事件」の犯人・神谷力は、25歳の1965年(昭和40年)に1人目の妻と結婚しています。

 

1人目の妻の名前は恭子さん(当時21歳)で、職業は看護婦でした。

 

恭子さんは結婚して16年経った1981年(昭和56年)頃から体調不良を訴え、同年7月、病院で死亡。享年38

 

死因は心臓が突然止まってしまう不整脈で、夫の神谷力が恭子さんを病院に運でいたのです。

 

ちなみに、神谷力は、1人目の妻・恭子さんには、保険をかけていませんでした。

神谷力の2人目の妻

神谷力は、1982年(昭和57年)に2人目の妻と再婚しています。

 

名前はなつ江さんといって、神谷力の不倫相手でした。

 

神谷力は、1973年(昭和48年)、同じ会社に勤めるなつ江さんと知り合って交際し、1人目の妻・恭子さんが死亡した1年後に結婚。

 

ところが、2人目の妻・なつ江さんも、結婚当初から体調不良を訴えていたのです。

 

そして、1985年(昭和60年)9月、なつ江さんも急性心不全で急死。享年38

 

この時も神谷力が車に乗せ、病院に搬送するとともに、かけていた保険金1千万円を受け取っていたのです。

神谷力の父親と母親 生い立ち

ここからは、「沖縄トリカブト保険金殺人事件」の犯人・神谷力の両親や家族、生い立ちに迫ってみようと思います。

 

まず、神谷力には5歳年上の兄がいます。

 

父親の職業は、東北大学工学部の教授で、母親は教授夫人。

 

しかし、父親はある日を境に教授を辞職し、革新政党の活動に参加したのです。

 

そして、神谷力が小学3年の時、父親は占領軍の弾圧を受け、政治犯として収監されることになります。

 

残された家族は、たちまち貧乏生活になり、母親が働きながら子供を育てることになったのです。

 

そんな生活もつかの間、今度は母親が6歳年下の男性と不倫。

 

すると、神谷力が小学5年生の時、釈放された父親が戻ってくるも、母親は不倫相手と一緒になるために家庭を捨て、家を出て行ったのです。

 

家を出て行った母親はその後、不倫相手に捨てられたことを苦に、大量の睡眠薬を飲んで自害。

 

母親の死後、父親と兄は革新政党の活動で家計をまかなっていましたが、とうてい生活ができるレベルではありませんでした。

 

そのため、神谷力は小学5年の終業と同時に、工場に住み込みで働きながら学校へ通ったということです。

神谷力が妻を死亡させるために使ったトリック

「沖縄トリカブト保険金殺人事件」の被害者となった3人目の妻・利佐子さんには、大手保険会社4社(住友生命、三井生命、明治生命、安田生命)総額2億1000万円にものぼる巨額の生命保険がかけられていました。

 

しかも、当時の神谷力は収入ゼロの無職。

 

月40万円弱もの保険料を払える立場ではなかったのです。

 

要するに神谷力は、消費者金融から借金をして、保険料を支払っていたわけですが、犯行の動機も多額の借金だったとされています。

 

そして、利佐子さんにかけられていた保険金は、結局、支払われることはありませんでした。

 

ですが、神谷力はどうやって妻を死亡させたのか。

 

そのトリックは、「トリカブトの毒」と「フグの毒」を併用させたカプセルだったのです。

 

そもそも、トリカブトの毒「アコニチン」は、耳かき1杯程度で人を殺すほどの威力があるとされています。

 

しかし、2つの毒を併用した場合、トリカブトに含まれる毒・アコニチンがフグの毒・テトロドトキシンに相殺。

 

その後は、時間が経つにつれて、フグの毒・テトロドトキシンが体内から消失し、トリカブトのアコニチンの毒性が発揮されるというわけです。

 

このトリックを使った神谷力は、トリカブトに含まれる毒・アコニチンと、フグの毒・テトロドトキシンを混ぜたカプセルを「強壮剤」と言って、利佐子さんに渡していました。

 

そして、そのカプセルを飲んだ利佐子さんが被害者となったのです。

 

実際に、裁判でも解剖を行った医師が、「トリカブトによる中毒死」と死因について証言していますし、保存されていた血液からもトリカブトの毒「アコニチン」が検出されたのでした。

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